さかしま

怒りを欠く者は知性を欠く

「大学入学共通テスト」英語民間試験導入における障害のある受験者への対応について

最近になってやっとメディアでも取り上げられるようになってきたが、現行のセンター試験の後継として再来年の大学入試から(実質的には半年後から)実施が計画されている「大学入学共通テスト」が、混乱を極めている。

特に錯綜しているのが英語試験で、文部科学省は大学入学共通テストの英語に加え、英検(日本英語検定協会)、GTEC(ベネッセ)、TOEFL(ETS)など、複数の民間業者の試験を併用することを公表している。
この英語民間試験導入について、国とベネッセの癒着や制度設計の杜撰さなど、数多の問題が噴出しているが、この辺りは既に多くの識者が指摘しているところなので、ここで詳しくは述べない。

今回指摘したいのは、文部科学省の制度設計の杜撰さが原因で、障害を持つ受験者が不利益を被る事態を招いていることである。

英検およびベネッセの、障害のある受験者への配慮について説明された資料をざっと読んだが、あまりにも問題だらけで、この状態で英語民間試験導入を強行するなど愚の骨頂だ。
ただでさえ不確定要素が多すぎて一般の受験者の間でも混乱を巻き起こしているのだから、得られる情報の制限されがちな障害を持つ受験者は、より不利な立場に置かれることになる。

私の気が付く範囲で、英検「S-Interview」とベネッセ「GTEC」の問題点を以下に列挙する。
(※断っておくと、下に挙げたひとつひとつの問題点について、業者に直接問い合わせてはいない。しかし、「問い合わせなければ実態が分からない」「障害を持つ受験者に正確な情報が共有されていない」という現状にこそ、英語民間試験導入における致命的な欠陥があると言えよう。)


【英検「S-Interview」の問題点】
・障害を持つ受験者向けの代替措置に関する情報が乏しい。
聴覚障害の場合)
リスニング試験:テロップが実際にどのように表示されるのか分からないため、英検未経験者は対策を立てにくい。なお、従来の英検では音声の代わりにモニターにテロップが流されるが、右から左に一定のスピードで流れていく英文を読み取るのは相当慣れていなければ難しいと思われる。しかし、この対策を行うための教材は現時点では恐らく無い。聴者がリスニング対策を行えるのに対し、聴覚障害を持つ受験者は対策ができないのは甚だ不公平である。
スピーキング試験:代替措置は筆談だが、筆談は口話よりも時間を要する。従来の英検と同じく試験時間の延長などの措置はあるのか不明。
・CBT方式(Computer Based Testing、すなわちパソコン上でテストを受験する方式)と異なり、実施回数・時期が限定される。
・2日間にわたって受験する必要があり、1日で終わるCBT方式に比べ、受験者はより大きな負担を強いられる。また、都市部から離れた地域に居住する受験者は、最悪受験地に宿泊しなければならない懸念が生じる。
(20191007 追記)当初は二日連続で受験するものと想定していたが、受験案内を参照すると、一日目(リーディング・リスニング・ライティング)と二日目(スピーキング)の間が約一ヶ月も空いている(S-Interview 2020年度第1回検定は【一日目:5月31日(日)、二日目:6月28日(日)】、2020年度第2回検定は【一日目:10月11日(日)、二日目:11月8日(日)】)。なお、受験案内には「従来型英検のA日程と同日」という注記がある。どうやら、従来の英検の一次試験および二次試験と同日程にすることで、実施に掛かるコストを減らしたいようだ。しかし、CBT方式の受験者は一日で受験を終え、その後は志望校の対策などに専念出来るのに対し、S-Interviewの受験者は一日目を受験後、二日目のスピーキング試験を一ヶ月後に控えた状態でその他の受験勉強にも臨まなければならず、学習スケジュール上も障害を持つ受験者は一層不利になる

参考:2020年度 「英検2020 2 days S-Interview」についてのお知らせ


【ベネッセ「GTEC」の問題点】
聴覚障害を持つ受験者はリスニング試験およびスピーキング試験は免除されるが、代替措置のある英検のような試験との公平性が担保されない。
・Advancedタイプの高度・重度難聴者のスピーキング試験免除について、「口話に障害がない受験者は通常実施」とあるが、「口話に障害がない」の判断基準が不明。なお、このレベルの聴覚障害を持つ者が正確な英語の発音を身に付けるのはかなり厳しい(幼少時から日本語だけでなく英語の発音も訓練していた、中途失聴で聞こえていた頃に英語の発音を習得済み、など特殊なケースを除き)。発音が不明瞭なために減点されるようなことはないか。
・特別措置を受けるにあたっては「医師の診断書」が必要との記載がある。これは現行のセンター試験も同様だが、医師の診断書はどこでも作成できるものではなく、大学病院など専門の機器を有している一部医療機関に限られる。近くにそうした医療機関の無い受験者は遠方まで出向かなければならず、受験料に加えて、そもそも利用するかどうかも分からない試験のために決して安くはない交通費・診断費を自費で負担することになる。
・実施回・試験会場によっては、障害を持つ受験者への対応が困難なケースもあるとの記載。障害を理由に受験機会が限定される可能性があると明言しており、非常に差別的な制度設計となっている。更に、特別措置の対応可能な実施回・試験会場についての情報も現時点では一切ない。
・免除措置を受けた際のスコアの得点換算方法はベネッセも公開しているが、得点換算後のスコアをどのように利用するかは各大学の判断に左右される可能性があり、場合によっては不利益を被る恐れもある。
・免除措置についてどう考えるか、受験予定の大学に逐一問い合わせなければならず、受験者に余計な労力・精神的負担を掛けることになる。

参考:【大学入試英語成績提供システム】障害等のある受検生への配慮


障害者差別解消法にある「合理的配慮」の観点から、民間業者は特別措置を設けてはいるが、どの試験を選択するかで費用、受験機会、特別措置内容(代替試験か免除か)などに大きな格差が生じ、障害を持つ受験者は一般の受験者よりも厳しい制約を受けることになる。
これは障害を持つ受験者にとって極めて「差別的」で、文部科学省が主導する英語民間試験導入の制度設計そのものが「障害者差別解消法に違反している」と言えないだろうか。

障害者差別解消法には以下の条文がある。

第七条の2「行政機関等は、その事務又は事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない。(行政機関等における障害を理由とする差別の禁止)」

第八条の2「事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない。 (事業者における障害を理由とする差別の禁止) 」

参考:障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律
参考:障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律についてのよくあるご質問と回答<国民向け>(内閣府)


民間業者は特別措置を設けることで、「合理的配慮」の「努力義務」をひとまず果たそうとしている。しかし、受験者の人生を左右する「大学入試」にも適用するには配慮の不備があまりにも多い

このような民間試験を複数導入すれば障害を持つ受験者が非常に不利な立場に置かれるであろうことは容易に想像でき、その原因が行政機関、すなわち文部科学省の杜撰な制度設計にあるのは火を見るよりも明らかである。「努力義務」で留まる民間業者と異なり「合理的配慮」は「義務」となっている行政機関が、特別措置の整備を万全にしないまま民間試験を導入しようとするのは、「障害のある者は受験上の差別を受けても仕方ない」と認めているも同然だ

なお、「合理的配慮」は「その実施に伴う負担が過重でないときは」という条件付きである。だが、これを解決する方法は至ってシンプルで、「英語民間試験導入を白紙に戻」せばいい。各業者が、受験料や受験回数・場所、特別措置内容の統一などを今から行うよりも、遥かに簡単に実現できる。そもそも英語民間試験導入を実施するメリットは皆無なのだから、一般の受験者にとっても万々歳だろう

したがって、全く負担が無いにもかかわらず障害を持つ受験者が多大な不利益を被る杜撰な制度設計のまま英語民間試験導入を強行するのは、行政機関として法律の遵守を放棄していることになる。

障害を持つ受験者が差別されるような制度を、国が推進することなど決してあってはならない。引き返すことは恥では無いのだから、文部科学省は勇気を持って英語民間試験導入を撤回して欲しい

株式会社POTETO作成のWebテスト『政治検定2019』が一部修正されたことへの応答

先日、株式会社POTETOの作成した『政治検定2019』のテスト問題について過誤をいくつか指摘し、会社代表の古井康介氏や問題作成者の一人にTwitter上でそれらを伝えたところ、直接返事を頂き、選挙前日にテスト問題が一部修正されていることを確認できた。

古井氏はFacebookでも声明を出してくれた。

m.facebook.com


それでもまだ課題は一部残るが、早急にテスト問題を修正し、誠意を見せてくれたことにまずは謝意を示したい。

以下、修正前と修正後の問題を比較していく。


【設問2】

〈修正前〉
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〈修正後〉
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修正後は、「政府による現時点での意向であること」、「”一部”無償化であること」が分かる内容となっている。加えて、解説で野党の政策についても触れてくれている。


【設問6】

〈修正前〉
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〈修正後〉
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本問は特に修正なし。せめて各選択肢の正誤の「根拠」を解説で具体的に説明して欲しかった。時間が無かったのかもしれないが、今後解説も掲載されることを願う。


【設問7】

〈修正前〉
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〈修正後〉
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前回指摘した点(「政府による現時点での政策であること」を明示すべき)は修正されている。
なお、今回気付いたのだが、解説で赤文字で強調されている部分は、「認可」保育施設の説明になっている。だが、設問は「認可外」保育施設についての問いだ。であれば、強調すべきは解説後半の「認可外」保育施設に預ける場合の手続きではなかろうか。

また、選択肢1と2の妥当性についてもいま一度検討してみたい。問題上、選択肢1と2は「正しい」説明となっているようだが、それぞれの文を単純比較すると矛盾していないだろうか。

選択肢1:無償化は適用されない(=無償化NG)
選択肢2:毎月最大3.7万円分の施設利用料が支給される(=一部無償化OK)

選択肢1は無償化NGだが、選択肢2は一部無償化OKとなっており、矛盾する説明がどちらも正しいことになっている。これは、(解説にも書いてあるように)自治体から「保育の必要性の認定」を受けた場合は施設利用料が支給され(選択肢2)、認定を受けられなかった場合は無償化は適用されない(選択肢1)という、「条件」の説明がないことに原因がある。この条件を明記しなければ、選択肢3が誤りだと分かってたとしても選択肢1と2が文意として矛盾しているため、正答が複数あるかのように回答者を混乱させてしまう。


【設問4】

〈修正前〉
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〈修正後〉
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「提案」が「賛成」へと修正され、「国会が発議する」という文言が加筆されている。


【設問8】

〈修正前〉
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〈修正後〉
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設問が「手続きを”誰が”やるか」を問うものに変更されている。


【設問10】

〈修正前〉
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〈修正後〉
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解答が修正され、比例代表制や特定枠についての説明が加筆されている。
(正直なことを言うと、間違いとは言えないまでもツッコミどころの多い文章なのだが、ここでの指摘は保留する。)



以上、テスト問題は全体的に修正されており(設問6は別として)、こちらの一方的な指摘に対して迅速かつ誠実に対応して頂いたことには改めてお礼申し上げたい。



2016年のアメリカの大統領選挙時、株式会社POTETOの社員が現地まで飛んで直に取材し、記事にしている様子がTwitterで流れてきたのだが、その行動力および政治を「わかりやすく」伝えようとする情熱は純粋に凄いと思った。
同時に、世の中の様々な事象の「単純化」に走りすぎて、「めんどうくささ」と向き合うことや情報を「正確に」伝えることへの配慮が欠けているようにも感じていた。

会社のミッションにも書かれているように、小難しいイメージを持たれている政治を変えようとする取り組み自体は、政治へのアプローチとしては間違いではないと思う。
ただ、人に対して「わかりやすく」発信するには、まず自分たちが「わかりやすい」ものだけでなく「めんどうくさい」ものも数多く摂取していなければならない。この「めんどうくさい」ものを時間をかけて丁寧に咀嚼し、自分のことばに変換して初めて「わかりやすさ」のスタート地点に辿り着く。ここで「めんどうくさい」ものの摂取量や消化が不足していると、出てくることばは「わかりやすさ」とは似て非なる、「単純化」されたものに堕してしまう。

アメリカでトランプ政権が誕生した頃、ジョージ・オーウェルSF小説1984年』のちょっとした再ブームがあった。作中には、全体主義国家により開発された「ニュースピーク(”Newspeak”)」という極力簡略化された言語様式が出てくる。その目的は、日常的に使用する英語の語彙を極限まで削り取り「単純化」することで、民衆から「ことば」を剥奪し、徐々に思考能力を低下させ、体制に対する反乱を未然に防ぐことにある。いわば「”単純化”による民主主義の破壊」が実行されているわけだ。

この「単純化」が人々の思考能力を奪い民主主義を害する現象は、わざわざ歴史を繙くまでもなく、昨日の参院選で『NHKから国民を守る党』が初めて国会に議席を獲得したことからも明確に示されたのではないだろうか。
「えらいてんちょう」さんが著書『ビジネスで勝つ!ネットゲリラ戦術詳説』の中でN党の戦略についても触れているのだが、的確な分析だった。要は、「NHKをぶっ壊す」といった極限まで「単純化」された政策をYouTubeなどを活用して拡散することによって、若い世代を中心に徐々に支持者を増やしているという。確かに政治がよくわからない人たちにとって、「NHKをぶっ壊す」というスローガンほど「単純化」され取っつきやすい政策はないと思う。
N党が「NHKをぶっ壊す」以外の政策を全く持たず、他の政策については「多数派に従う」と耳を疑うようなことをしれっと述べていたことからも、「ヤバい」集団だというのは誰の目にも明らかだ。しかし、この「単純化」されたヤバさもまた政治への無関心層を惹きつける要因になっている。

今後の選挙でも上のように、「単純化」されたアプローチ(芸能界との結び付きをアピールするなどもその一例)を取る政党に票の投じられる傾向が強まる可能性は高い。今回の参院選投票率は50%を割ったわけだが、仮に「単純化」された政治に惹かれて若い世代の投票率が上がったとしても、民主主義が崩壊へと向かっていくのは必至だろう。

だからこそいま、私たちのように政治に関心を持っている層は、無関心層に対して政治を「単純化」して伝え、投票率を上げることだけを考えていて良いのだろうか。


多種多様な人間が共存するこの社会では、どんなに丁寧に議論を重ねようと、そこからこぼれ落ち抑圧されるたくさんの小さな声が存在する。その声をひとつひとつ見つけ出し汲み上げる。こうした作業には労力を要し、見たくない・聞きたくない情報も含まれているだろうから、「めんどうくささ」を感じる人も多いと思う。しかし、その「めんどうくささ」を厭わずに引き受けるのが政治や教育に関わるものとしての責務ではなかろうか。私が前回の指摘でテスト問題の「公平性・中立性」にしつこく言及していたのは、この意味においてである。

まどろっこしい言い方になるが、「めんどうくさがらずに、めんどうくさいものを引き受け、それをめんどうくさいまま、めんどうくささを感じさせずに(時にはめんどうくささを感じさせて)、めんどうくさい人たちに伝える」手続きこそが「民主主義」だ。
「めんどうくささ」を「複雑性・多様性」と言い換えると、「単純化」はこの「複雑性・多様性」を排除する。人間はイデオロギー的に中立であることなど不可能なのだから、せめて「めんどうくささ」を積極的に受け止めて視野を広く保つよう努めなければ、簡単に「複雑性・多様性」の排除に加担して、結果的に「”個”を殺して」しまう。そうならないためにも、私たちはどこまでも「めんどうくささ」と向き合っていく必要がある。

「こういうめんどうくさい指摘があるから若者の政治離れが進むんだ!」と言われれば、まあそうだとしか言いようがない。また、「今の若い世代に選挙に行け行けと言ったり、政権の不公正を訴えたりしても響かないから、もっと若者ウケする『わかりやすい』戦略を考えるべきだ。」という意見もある面では正しいと思う(一部の候補者は別として、これまで大半の野党が若い世代に向けてなんのアプローチもしてこなかった点は、大いに反省が必要であろう)。
だが、若者ウケする「わかりやすい」戦略をとっていく中でも、そこで伝える情報に「正確さ」が欠けていたら、その情報は「単純化」されたものに堕し、若い世代の人たちは正しい判断など出来なくなってしまう。

ここまでに書いてきた諸々の「めんどうくさい」ことは、POTETOの面々も承知しているだろうし、余計なお世話かもしれない。しかし、修正前のWebテスト問題を見た時、私はそうは思えなかった。
政治・教育に拘う人間として、「めんどうくさい」ことを自ら引き受けそれを「正確に」伝えようと努めているか、いま一度自問して欲しいと思う。これは自戒としても心に留めておきたい。

株式会社POTETO作成「政治検定2019」の杜撰さについて ー 参院選前に ー

先日、「政治検定2019」という、政治の基本的な知識を確認するWebテストTwitterのTLに流れてきた。
作成者は『株式会社POTETO Media』で、Webサイトによると〈「政治を、わかりやすく」をモットーに活動する企業〉だそうだ。政治家の広報活動や主権者教育などに携わっているとのこと。

このWebテストをリリースした目的は、7月21日(日)に行われる参議院議員選挙に向けて、有権者に政治に関する知識を深めてもらうことらしい。
prtimes.jp


私も試しに解いてみたが、愕然とした。
テスト問題・解説が不正確で、かつ特定の政党に便宜を図るような設問も散見され公平性・中立性が著しく欠如していたからだ。

政治家・行政機関を相手にビジネスを展開している企業によって、劣悪なWebテスト参院選前に出回るのは由々しき事態である。

以下、各設問の問題点を指摘していくが、中でも公平性・中立性が欠けているものを優先的に取り上げる。


【設問2(○×問題)】
消費税は今年の10月に8%から10%に引き上がる。これにより、幼児保育の無償化や高等教育(大学、高専、専門学校)無償化が実現する。

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特にこの設問はミスリードを誘引する文章になっており、偏った認識を読み手に植え付ける恐れがある。

設問文を前半と後半の2つに分けて検討する。


①”消費税は今年の10月に8%から10%に引き上がる。”

問題点1:消費税増税を行う主体が曖昧にされている
今回、消費税増税を政策に掲げているのは与党である自民党公明党のみで、野党は増税反対の立場を取っている。だが、①では「与党」という主体が消えていることでこの対立構造が見えなくなっており、普段から政治の動向をキャッチしていない人が読めば、野党も増税に賛成しているかのような印象を受けるだろう。

問題点2:消費税増税は確定事項であるというミスリード
消費税増税は確定事項ではない。今のところ安倍首相の増税実施の意志は固く、余程のことがない限り増税は断行されるだろう。とはいえ、今後増税を延期する可能性が全くないとは言えない。したがって、現時点ではあくまでも増税「予定」とすべきだが、①は増税があたかも確定事項であるかのように断じてしまっている。


②”これにより、幼児保育の無償化や高等教育(大学、高専、専門学校)無償化が実現する。”

問題点3:増税するからこそ幼児保育や高等教育の無償化が可能になるというミスリード
②の「これにより」が、前の文①の消費税増税を受けていることは明白だ。幼児保育・高等教育の無償化が消費税増税ありきなのはあくまでも与党の政策である。そのことを明記せずに「消費税増税によって無償化が実現する」と断じるのは、極めて偏向的な問題設計と言わざるを得ない。
なお、幼児保育・高等教育の無償化は与党だけでなく共産党、れいわ新選組、国民民主党といった野党も掲げており、無償化のための財源は消費税増税ではなく、法人税の引き上げや累進課税の強化、新規国債の発行などに求めている

問題点4:与党の幼児保育・高等教育の無償化政策には制限が設けられていることの説明を省いている
与党の掲げる無償化は全世帯を対象にした完全無償化ではなく、年齢制限や所得制限が設けられている。
自民党の政策集には「3歳から5歳まで 全ての子供たちの幼稚園、保育園等の費用を無償化、0歳から2歳児も所得の低い世帯は無償化」との記載がある。
高等教育の無償化については、文部科学省の資料によると「住民税非課税世帯(年収約270万円未満)は上図の範囲内で全額支援。年収が約270万~約300万円未満は非課税世帯の3分の2、約300万~約380万円未満は3分の1をそれぞれ支援する」ことになっている。
以上から分かるように、与党の政策は”完全”無償化ではなく、”一部”無償化である。しかし、②は単に「無償化」としか書かれておらず、全世帯を対象に完全無償化を実施するとも読めてしまう。意図的だとしたら悪質なミスリードだ。

問題点5:幼児保育・高等教育の無償化は確定事項であるというミスリード
問題点2と同じく、現時点での与党の政策に過ぎない。本年度5月に子ども・子育て支援法が改正され、大学等修学支援法も成立したとはいえ、幼児保育・高等教育の一部無償化が”必ず”実行される保証はない。したがって、「無償化が実現する」と言い切ってしまうのは誤った認識を与えることになる。


以上、設問2は特に多くの誤解を与える文章になっており、相当杜撰な問題設計だ。これでは、与党の利となる問題を作成したと批判されても仕方ないだろう。

スリードを防ぎたいのであれば、例えば以下のようにすべきだ。

与党は今年の10月に消費税引き上げ(8%→10%)を実施し、増税によって補填された財源を幼児保育や高等教育の一部無償化に充てることを公約に掲げている。○か×か

ただ、「税と社会保障」という、今回の参院選における特に重要な争点の一つをテスト問題に組み込むのなら、各党の政策を比較させるような問題にしなければならない。本問の如く与党の政策のみを取り上げるのは公平性・中立性の観点から大いに問題がある

【参考】
・自民党 政策集
・自民党 令和元年政策パンフレット
・公明党 参院選政策集
・共産党 政策(11.子ども・子育て)
・共産党 政策(14.若い世代)
・れいわ新選組 政策
・国民民主党 政策各論
・大学無償化に関する記事(日本経済新聞www.nikkei.com
・高等教育の修学支援新制度について(文部科学省http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/hutankeigen/__icsFiles/afieldfile/2019/06/26/1409378_02.pdf


【設問6(選択問題)】
・2019年の防衛予算案は、約5.2兆円となり5年連続で過去最高額になった。 防衛白書で述べられている予算増加の理由として、読み解けないものはどれか。
1.北朝鮮は、日本のほぼ全域を射程に収めるミサイルを数百発保有しているとみられるから。
2.安倍政権が徴兵制を見据えた自衛隊編成を行なっているから。
3.中国が武力を背景にした国境変更を行うなど、緊急事態ではない、とはいえない状況が続いているから。

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問題点1:与党への批判を逸らすような問題設計で、公平性・中立性が著しく欠如している
解答によると、2が正答らしい。まあ間違いではないと思うが、安倍政権に対し「憲法改正によって徴兵制を復活させるつもりでは」といった批判が野党やリベラル側から出ている以上、「安倍政権は徴兵制復活を目指してはいない」が正答になるような問題設計は与党を利することになり、公平性・中立性の観点から不適切だ。

問題点2:事実を問うのではなく、テスト作成者の勝手な解釈を押し付ける問題になっている
選択肢1と3に関して、確かに『平成30年版防衛白書』には北朝鮮や中国の脅威について記載されているが、これを予算増加の理由として読み解くのは、(仮にその解釈が妥当なものであろうと)テスト作成者のいち解釈に過ぎない。本問はあたかもそれが正当な解釈だという印象を与えており、やはり問題としての公平性・中立性が欠如していると言えよう。

【参考】
・平成30年版防衛白書(ダイジェスト:第Ⅰ部 我が国を取り巻く安全保障環境)
・平成30年版防衛白書(北朝鮮関連)
・平成30年版防衛白書(中国関連)
・平成30年版防衛白書(防衛関係費関連)


【設問7(選択問題)】
・3~5歳の子供の、幼稚園や保育所の施設利用料が無料になる。 認可外保育園に預ける場合の説明について誤っているものは?

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設問2で指摘した通り、幼児保育の無償化を確定事項とするのはミスリードだ。


以下は、他の設問で気になった点。

【設問4(○×問題)】
衆議院参議院の両方で、それぞれ議員の半数以上が、憲法を改正しよう!と提案した場合に 憲法改正を問う国民投票が行われる。

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正確には「提案」ではなく「賛成」だ。日本国憲法第九六条には、「①この憲法の改正は、各議員の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」とある。
憲法改正の手続きにおいて、最初に国会内でその賛否を示すのは各議員だが、発議・提案は”国会から”国民に向けて行うものである。設問の場合、個々の議員が憲法改正を直接提案するようにも読め、意味が変わってしまう。


【設問8(選択問題)】
・自分が居住する自治体以外の認可を受けていない保育所に子供を通わせる場合でも、施設利用料は自分が居住する自治体から支給される。 この時の利用料支給に向けた手続きとして正しいものは?
1.原則、保育所がとりまとめて行う。
2.原則、保護者が役所に対して行う。
3.手続きは特にする必要はない。

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設問の意図が曖昧で分かりにくい。設問を言葉通りに読めば「利用料支給に向けた正しい手続きは”何”か」と、手続きの「内容」を問うていると解釈できる。ならば、選択肢はその手続き内容を説明したものであるべきだが(例:保育所が利用者からの申請書類をとりまとめて役所に提出する)、選択肢1と2は「手続きを”誰が”やるか」に対する回答になっており、設問と噛み合っていない。


【設問10(選択問題)】
参議院選挙の投票に行く場合、2枚投票用紙がもらえる。2枚目の比例代表用投票用紙には(   )。
1.候補者名しか書いてはいけない。
2.政党名しか書いてはいけない。
3.候補者名、政党名のどちらを書いても良い。

解答:(中略)...議席を獲得してほしい政党に投票することももちろん可能ですが、応援したい全国区に立候補している候補者がいる場合、候補者の名前を書いた方が、その候補者が当選する可能性がUPします。これは、全国区に立候補した候補は、書かれた名前の多い少ないで当選が決まるからです。

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解答中の比例代表選挙についての説明があまりにも雑で、選挙制度をよく知らない人が読んだら確実に誤解する。比例代表選挙の当選者は、書かれた名前の多い少ないで当選が決まるわけでは「ない」。

ここで、比例代表制の仕組みを少し解説してみよう。


比例代表制とは、得票率(得票率=得票数/有効得票総数)に応じて政党に議席を配分する制度だ。例えば、ある比例代表選挙において定数が5、有効得票総数が100票として、A党、B党、C党がそれぞれ50票、30票、20票を獲得したとすると、各党の得票率はそれぞれ50%、30%、20%となる。
議席の配分はドント方式が採用されている。これは、各党の総得票数を1、2、3…と整数で順次割っていき、その商の大きい順に定数に達するまで議席を配分する方式である。
上記の例でドント方式を適用すると、以下のような結果になる(なお、説明の簡略化のため小数点以下は切り捨てている)。

・1で割る:A党:50、B党:30、C党:20
・2で割る:A党:25、B党:15、C党:10
・3で割る:A党:16、B党:10、C党:6

この時点での商を大きい順に並べると

1.50(A党)
2.30(B党)
3.25(A党)
4.20(C党)
5.16(A党)

となり、A党は3、B党とC党はそれぞれ1の議席を獲得する。

ここまでが日本の比例代表制における議席配分の仕組みだ。


そして次に、各党に配分された議席を党内の誰に割り当てるかが問題になる。当初の参議院比例代表選挙では、候補者の当選順位を予め党内で決めておき、その順位にしたがって候補者に議席を割り当てる「拘束名簿式」が適用されていた。
しかし、2001年の公職選挙法改正により、参議院比例代表選挙は「非拘束名簿式」に変更される。これは拘束名簿式のように前もって党内で当選順位を固定することはせず、各候補者の個人名での得票数の多い順に当選させる方式である(なお、衆議院議員選挙の比例は「拘束名簿式」であることは合わせて覚えておきたい)。

例えば先のA党内の候補者のうち、個人の得票数が佐藤さん(10票)、鈴木さん(8票)、藤原さん(5票)の順で多かった場合、この3人が当選するわけだ。
ここでB党の候補者のうち、個人の得票数が田村さん10票、橋本さん9票だったとしよう。得票数を単純比較すると橋本さんはA党の鈴木さん、藤原さんよりも多くの票を獲得しているが、B党に配分された議席は1つだけなので国会に送れるのはB党の個人得票数トップの田村さんのみ、橋本さんは落選する。
したがって、いくら個人の得票数が多かろうと、党全体の得票数が少なければ十分な議席を獲得できず、落選することになる。これが、単純に書かれた名前の多い少ないで当選が決まるわけでは「ない」理由だ

なお、今回の参議院比例代表選挙から「特定枠」が新しく導入される。これは拘束名簿式を一部復活させたような仕組みだ。特定枠として登録された候補者は、党内での個人の得票数に関係なく優先的に当選する
先ほどのA党の例で、斎藤さんが順位1、加藤さんが順位2の特定枠として登録されていた場合、この2人が、得票数の多い佐藤さん・鈴木さん・藤原さんよりも優先的に当選する。それ以降は従来通り得票数にしたがうため、残り1議席は佐藤さんに割り当てられ、鈴木さんと藤原さんは落選となる。

ー 解説終わり ー


設問の「解答」でここまで具体的に書く必要はないと思うが(むしろこれでもまだ説明としては不十分だ)、せめて「得票率によって議席の配分が決定される」「各党に配分された議席に対し、党内の誰が当選するかは個人名での得票数による」「今回から『特定枠』が導入される」などの基本事項は押さえて欲しかった。

設問に対して指摘したいことは他にも多々あるが、長すぎると言われそうなのでそろそろ筆を擱くことにする。


学生が戯れにごく限られた内輪のみに公開する程度ならともかく、曲がりなりにも政治家・行政機関から仕事を請け負い、主権者教育などにも拘っている一企業が、特定の政党の主張を代弁しているとも受け取られかねないWebテストを作成し、公に発信するのは企業倫理として如何なものか(会社代表の古井康介氏は、自民党柴山昌彦文部科学大臣平将明衆議院議員など、自民党議員と深い交流があるようだ。平将明衆議院議員もこのWebテストに取り組み、その結果をツイートしている)。特に、参院選が間近に迫ったこのタイミングで公開するのは悪質だ



テスト問題としても全体的に至極質が低いことは論を俟たない。基本事項すら押さえておらず、分かりやすいとか簡単とかそういうレベル以前の問題だ
このWebテストはβ版で今後改良を加えていくらしい。だが、β版なら杜撰な問題設計でも構わない、偏向的で誤った情報を拡散しても良い、と考えているとしたら実以て論外である。

ここで指摘したことを、Webテストの作成者たちがどこまで自覚しているかは不明だ。おそらく「とりあえず政治を楽しもうぜ」くらいのノリで作成しており、深くは考えておらず、悪気もないのだろう(若い世代に向け政治に関心を持ってもらおうとする彼らの意欲自体は否定しない)。

しかし、しつこいようだが、だからといって偏向的かつ誤った情報を拡散しても良い理由にはならない。このような行為は畢竟、民主主義破壊の片棒を担ぐことと同義だ。彼らにとってもそれは本意でないだろう(と信じたい)。
『株式会社POTETO Media』が政治や教育に携わる人間として至誠を尽くそうとするのであれば、直ちに現在のテスト問題の偏向性・過誤を自ら説明し、修正に掛かってくれることを願う。



【追記 2019/7/23 0:57】

本記事の指摘事項に対し、問題が修正されていることを確認できたので、こちらの記事で応答させて頂いた。