さかしま

怒りを欠く者は知性を欠く

株式会社POTETO作成「政治検定2019」の杜撰さについて ー 参院選前に ー

先日、「政治検定2019」という、政治の基本的な知識を確認するWebテストTwitterのTLに流れてきた。
作成者は『株式会社POTETO Media』で、Webサイトによると〈「政治を、わかりやすく」をモットーに活動する企業〉だそうだ。政治家の広報活動や主権者教育などに携わっているとのこと。

このWebテストをリリースした目的は、7月21日(日)に行われる参議院議員選挙に向けて、有権者に政治に関する知識を深めてもらうことらしい。
prtimes.jp


私も試しに解いてみたが、愕然とした。
テスト問題・解説が不正確で、かつ特定の政党に便宜を図るような設問も散見され公平性・中立性が著しく欠如していたからだ。

政治家・行政機関を相手にビジネスを展開している企業によって、劣悪なWebテスト参院選前に出回るのは由々しき事態である。

以下、各設問の問題点を指摘していくが、中でも公平性・中立性が欠けているものを優先的に取り上げる。


【設問2(○×問題)】
消費税は今年の10月に8%から10%に引き上がる。これにより、幼児保育の無償化や高等教育(大学、高専、専門学校)無償化が実現する。

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特にこの設問はミスリードを誘引する文章になっており、偏った認識を読み手に植え付ける恐れがある。

設問文を前半と後半の2つに分けて検討する。


①”消費税は今年の10月に8%から10%に引き上がる。”

問題点1:消費税増税を行う主体が曖昧にされている
今回、消費税増税を政策に掲げているのは与党である自民党公明党のみで、野党は増税反対の立場を取っている。だが、①では「与党」という主体が消えていることでこの対立構造が見えなくなっており、普段から政治の動向をキャッチしていない人が読めば、野党も増税に賛成しているかのような印象を受けるだろう。

問題点2:消費税増税は確定事項であるというミスリード
消費税増税は確定事項ではない。今のところ安倍首相の増税実施の意志は固く、余程のことがない限り増税は断行されるだろう。とはいえ、今後増税を延期する可能性が全くないとは言えない。したがって、現時点ではあくまでも増税「予定」とすべきだが、①は増税があたかも確定事項であるかのように断じてしまっている。


②”これにより、幼児保育の無償化や高等教育(大学、高専、専門学校)無償化が実現する。”

問題点3:増税するからこそ幼児保育や高等教育の無償化が可能になるというミスリード
②の「これにより」が、前の文①の消費税増税を受けていることは明白だ。幼児保育・高等教育の無償化が消費税増税ありきなのはあくまでも与党の政策である。そのことを明記せずに「消費税増税によって無償化が実現する」と断じるのは、極めて偏向的な問題設計と言わざるを得ない。
なお、幼児保育・高等教育の無償化は与党だけでなく共産党、れいわ新選組、国民民主党といった野党も掲げており、無償化のための財源は消費税増税ではなく、法人税の引き上げや累進課税の強化、新規国債の発行などに求めている

問題点4:与党の幼児保育・高等教育の無償化政策には制限が設けられていることの説明を省いている
与党の掲げる無償化は全世帯を対象にした完全無償化ではなく、年齢制限や所得制限が設けられている。
自民党の政策集には「3歳から5歳まで 全ての子供たちの幼稚園、保育園等の費用を無償化、0歳から2歳児も所得の低い世帯は無償化」との記載がある。
高等教育の無償化については、文部科学省の資料によると「住民税非課税世帯(年収約270万円未満)は上図の範囲内で全額支援。年収が約270万~約300万円未満は非課税世帯の3分の2、約300万~約380万円未満は3分の1をそれぞれ支援する」ことになっている。
以上から分かるように、与党の政策は”完全”無償化ではなく、”一部”無償化である。しかし、②は単に「無償化」としか書かれておらず、全世帯を対象に完全無償化を実施するとも読めてしまう。意図的だとしたら悪質なミスリードだ。

問題点5:幼児保育・高等教育の無償化は確定事項であるというミスリード
問題点2と同じく、現時点での与党の政策に過ぎない。本年度5月に子ども・子育て支援法が改正され、大学等修学支援法も成立したとはいえ、幼児保育・高等教育の一部無償化が”必ず”実行される保証はない。したがって、「無償化が実現する」と言い切ってしまうのは誤った認識を与えることになる。


以上、設問2は特に多くの誤解を与える文章になっており、相当杜撰な問題設計だ。これでは、与党の利となる問題を作成したと批判されても仕方ないだろう。

スリードを防ぎたいのであれば、例えば以下のようにすべきだ。

与党は今年の10月に消費税引き上げ(8%→10%)を実施し、増税によって補填された財源を幼児保育や高等教育の一部無償化に充てることを公約に掲げている。○か×か

ただ、「税と社会保障」という、今回の参院選における特に重要な争点の一つをテスト問題に組み込むのなら、各党の政策を比較させるような問題にしなければならない。本問の如く与党の政策のみを取り上げるのは公平性・中立性の観点から大いに問題がある

【参考】
・自民党 政策集
・自民党 令和元年政策パンフレット
・公明党 参院選政策集
・共産党 政策(11.子ども・子育て)
・共産党 政策(14.若い世代)
・れいわ新選組 政策
・国民民主党 政策各論
・大学無償化に関する記事(日本経済新聞www.nikkei.com
・高等教育の修学支援新制度について(文部科学省http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/hutankeigen/__icsFiles/afieldfile/2019/06/26/1409378_02.pdf


【設問6(選択問題)】
・2019年の防衛予算案は、約5.2兆円となり5年連続で過去最高額になった。 防衛白書で述べられている予算増加の理由として、読み解けないものはどれか。
1.北朝鮮は、日本のほぼ全域を射程に収めるミサイルを数百発保有しているとみられるから。
2.安倍政権が徴兵制を見据えた自衛隊編成を行なっているから。
3.中国が武力を背景にした国境変更を行うなど、緊急事態ではない、とはいえない状況が続いているから。

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問題点1:与党への批判を逸らすような問題設計で、公平性・中立性が著しく欠如している
解答によると、2が正答らしい。まあ間違いではないと思うが、安倍政権に対し「憲法改正によって徴兵制を復活させるつもりでは」といった批判が野党やリベラル側から出ている以上、「安倍政権は徴兵制復活を目指してはいない」が正答になるような問題設計は与党を利することになり、公平性・中立性の観点から不適切だ。

問題点2:事実を問うのではなく、テスト作成者の勝手な解釈を押し付ける問題になっている
選択肢1と3に関して、確かに『平成30年版防衛白書』には北朝鮮や中国の脅威について記載されているが、これを予算増加の理由として読み解くのは、(仮にその解釈が妥当なものであろうと)テスト作成者のいち解釈に過ぎない。本問はあたかもそれが正当な解釈だという印象を与えており、やはり問題としての公平性・中立性が欠如していると言えよう。

【参考】
・平成30年版防衛白書(ダイジェスト:第Ⅰ部 我が国を取り巻く安全保障環境)
・平成30年版防衛白書(北朝鮮関連)
・平成30年版防衛白書(中国関連)
・平成30年版防衛白書(防衛関係費関連)


【設問7(選択問題)】
・3~5歳の子供の、幼稚園や保育所の施設利用料が無料になる。 認可外保育園に預ける場合の説明について誤っているものは?

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設問2で指摘した通り、幼児保育の無償化を確定事項とするのはミスリードだ。


以下は、他の設問で気になった点。

【設問4(○×問題)】
衆議院参議院の両方で、それぞれ議員の半数以上が、憲法を改正しよう!と提案した場合に 憲法改正を問う国民投票が行われる。

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正確には「提案」ではなく「賛成」だ。日本国憲法第九六条には、「①この憲法の改正は、各議員の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」とある。
憲法改正の手続きにおいて、最初に国会内でその賛否を示すのは各議員だが、発議・提案は”国会から”国民に向けて行うものである。設問の場合、個々の議員が憲法改正を直接提案するようにも読め、意味が変わってしまう。


【設問8(選択問題)】
・自分が居住する自治体以外の認可を受けていない保育所に子供を通わせる場合でも、施設利用料は自分が居住する自治体から支給される。 この時の利用料支給に向けた手続きとして正しいものは?
1.原則、保育所がとりまとめて行う。
2.原則、保護者が役所に対して行う。
3.手続きは特にする必要はない。

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設問の意図が曖昧で分かりにくい。設問を言葉通りに読めば「利用料支給に向けた正しい手続きは”何”か」と、手続きの「内容」を問うていると解釈できる。ならば、選択肢はその手続き内容を説明したものであるべきだが(例:保育所が利用者からの申請書類をとりまとめて役所に提出する)、選択肢1と2は「手続きを”誰が”やるか」に対する回答になっており、設問と噛み合っていない。


【設問10(選択問題)】
参議院選挙の投票に行く場合、2枚投票用紙がもらえる。2枚目の比例代表用投票用紙には(   )。
1.候補者名しか書いてはいけない。
2.政党名しか書いてはいけない。
3.候補者名、政党名のどちらを書いても良い。

解答:(中略)...議席を獲得してほしい政党に投票することももちろん可能ですが、応援したい全国区に立候補している候補者がいる場合、候補者の名前を書いた方が、その候補者が当選する可能性がUPします。これは、全国区に立候補した候補は、書かれた名前の多い少ないで当選が決まるからです。

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解答中の比例代表選挙についての説明があまりにも雑で、選挙制度をよく知らない人が読んだら確実に誤解する。比例代表選挙の当選者は、書かれた名前の多い少ないで当選が決まるわけでは「ない」。

ここで、比例代表制の仕組みを少し解説してみよう。


比例代表制とは、得票率(得票率=得票数/有効得票総数)に応じて政党に議席を配分する制度だ。例えば、ある比例代表選挙において定数が5、有効得票総数が100票として、A党、B党、C党がそれぞれ50票、30票、20票を獲得したとすると、各党の得票率はそれぞれ50%、30%、20%となる。
議席の配分はドント方式が採用されている。これは、各党の総得票数を1、2、3…と整数で順次割っていき、その商の大きい順に定数に達するまで議席を配分する方式である。
上記の例でドント方式を適用すると、以下のような結果になる(なお、説明の簡略化のため小数点以下は切り捨てている)。

・1で割る:A党:50、B党:30、C党:20
・2で割る:A党:25、B党:15、C党:10
・3で割る:A党:16、B党:10、C党:6

この時点での商を大きい順に並べると

1.50(A党)
2.30(B党)
3.25(A党)
4.20(C党)
5.16(A党)

となり、A党は3、B党とC党はそれぞれ1の議席を獲得する。

ここまでが日本の比例代表制における議席配分の仕組みだ。


そして次に、各党に配分された議席を党内の誰に割り当てるかが問題になる。当初の参議院比例代表選挙では、候補者の当選順位を予め党内で決めておき、その順位にしたがって候補者に議席を割り当てる「拘束名簿式」が適用されていた。
しかし、2001年の公職選挙法改正により、参議院比例代表選挙は「非拘束名簿式」に変更される。これは拘束名簿式のように前もって党内で当選順位を固定することはせず、各候補者の個人名での得票数の多い順に当選させる方式である(なお、衆議院議員選挙の比例は「拘束名簿式」であることは合わせて覚えておきたい)。

例えば先のA党内の候補者のうち、個人の得票数が佐藤さん(10票)、鈴木さん(8票)、藤原さん(5票)の順で多かった場合、この3人が当選するわけだ。
ここでB党の候補者のうち、個人の得票数が田村さん10票、橋本さん9票だったとしよう。得票数を単純比較すると橋本さんはA党の鈴木さん、藤原さんよりも多くの票を獲得しているが、B党に配分された議席は1つだけなので国会に送れるのはB党の個人得票数トップの田村さんのみ、橋本さんは落選する。
したがって、いくら個人の得票数が多かろうと、党全体の得票数が少なければ十分な議席を獲得できず、落選することになる。これが、単純に書かれた名前の多い少ないで当選が決まるわけでは「ない」理由だ

なお、今回の参議院比例代表選挙から「特定枠」が新しく導入される。これは拘束名簿式を一部復活させたような仕組みだ。特定枠として登録された候補者は、党内での個人の得票数に関係なく優先的に当選する
先ほどのA党の例で、斎藤さんが順位1、加藤さんが順位2の特定枠として登録されていた場合、この2人が、得票数の多い佐藤さん・鈴木さん・藤原さんよりも優先的に当選する。それ以降は従来通り得票数にしたがうため、残り1議席は佐藤さんに割り当てられ、鈴木さんと藤原さんは落選となる。

ー 解説終わり ー


設問の「解答」でここまで具体的に書く必要はないと思うが(むしろこれでもまだ説明としては不十分だ)、せめて「得票率によって議席の配分が決定される」「各党に配分された議席に対し、党内の誰が当選するかは個人名での得票数による」「今回から『特定枠』が導入される」などの基本事項は押さえて欲しかった。

設問に対して指摘したいことは他にも多々あるが、長すぎると言われそうなのでそろそろ筆を擱くことにする。


学生が戯れにごく限られた内輪のみに公開する程度ならともかく、曲がりなりにも政治家・行政機関から仕事を請け負い、主権者教育などにも拘っている一企業が、特定の政党の主張を代弁しているとも受け取られかねないWebテストを作成し、公に発信するのは企業倫理として如何なものか(会社代表の古井康介氏は、自民党柴山昌彦文部科学大臣平将明衆議院議員など、自民党議員と深い交流があるようだ。平将明衆議院議員もこのWebテストに取り組み、その結果をツイートしている)。特に、参院選が間近に迫ったこのタイミングで公開するのは悪質だ



テスト問題としても全体的に至極質が低いことは論を俟たない。基本事項すら押さえておらず、分かりやすいとか簡単とかそういうレベル以前の問題だ
このWebテストはβ版で今後改良を加えていくらしい。だが、β版なら杜撰な問題設計でも構わない、偏向的で誤った情報を拡散しても良い、と考えているとしたら実以て論外である。

ここで指摘したことを、Webテストの作成者たちがどこまで自覚しているかは不明だ。おそらく「とりあえず政治を楽しもうぜ」くらいのノリで作成しており、深くは考えておらず、悪気もないのだろう(若い世代に向け政治に関心を持ってもらおうとする彼らの意欲自体は否定しない)。

しかし、しつこいようだが、だからといって偏向的かつ誤った情報を拡散しても良い理由にはならない。このような行為は畢竟、民主主義破壊の片棒を担ぐことと同義だ。彼らにとってもそれは本意でないだろう(と信じたい)。
『株式会社POTETO Media』が政治や教育に携わる人間として至誠を尽くそうとするのであれば、直ちに現在のテスト問題の偏向性・過誤を自ら説明し、修正に掛かってくれることを願う。



【追記 2019/7/23 0:57】

本記事の指摘事項に対し、問題が修正されていることを確認できたので、こちらの記事で応答させて頂いた。