さかしま

怒りを欠く者は知性を欠く

「大学入学共通テスト」英語民間試験導入における障害のある受験者への対応について

最近になってやっとメディアでも取り上げられるようになってきたが、現行のセンター試験の後継として再来年の大学入試から(実質的には半年後から)実施が計画されている「大学入学共通テスト」が、混乱を極めている。

特に錯綜しているのが英語試験で、文部科学省は大学入学共通テストの英語に加え、英検(日本英語検定協会)、GTEC(ベネッセ)、TOEFL(ETS)など、複数の民間業者の試験を併用することを公表している。
この英語民間試験導入について、国とベネッセの癒着や制度設計の杜撰さなど、数多の問題が噴出しているが、この辺りは既に多くの識者が指摘しているところなので、ここで詳しくは述べない。

今回指摘したいのは、文部科学省の制度設計の杜撰さが原因で、障害を持つ受験者が不利益を被る事態を招いていることである。

英検およびベネッセの、障害のある受験者への配慮について説明された資料をざっと読んだが、あまりにも問題だらけで、この状態で英語民間試験導入を強行するなど愚の骨頂だ。
ただでさえ不確定要素が多すぎて一般の受験者の間でも混乱を巻き起こしているのだから、得られる情報の制限されがちな障害を持つ受験者は、より不利な立場に置かれることになる。

私の気が付く範囲で、英検「S-Interview」とベネッセ「GTEC」の問題点を以下に列挙する。
(※断っておくと、下に挙げたひとつひとつの問題点について、業者に直接問い合わせてはいない。しかし、「問い合わせなければ実態が分からない」「障害を持つ受験者に正確な情報が共有されていない」という現状にこそ、英語民間試験導入における致命的な欠陥があると言えよう。)


【英検「S-Interview」の問題点】
・障害を持つ受験者向けの代替措置に関する情報が乏しい。
聴覚障害の場合)
リスニング試験:テロップが実際にどのように表示されるのか分からないため、英検未経験者は対策を立てにくい。なお、従来の英検では音声の代わりにモニターにテロップが流されるが、右から左に一定のスピードで流れていく英文を読み取るのは相当慣れていなければ難しいと思われる。しかし、この対策を行うための教材は現時点では恐らく無い。聴者がリスニング対策を行えるのに対し、聴覚障害を持つ受験者は対策ができないのは甚だ不公平である。
スピーキング試験:代替措置は筆談だが、筆談は口話よりも時間を要する。従来の英検と同じく試験時間の延長などの措置はあるのか不明。
・CBT方式(Computer Based Testing、すなわちパソコン上でテストを受験する方式)と異なり、実施回数・時期が限定される。
・2日間にわたって受験する必要があり、1日で終わるCBT方式に比べ、受験者はより大きな負担を強いられる。また、都市部から離れた地域に居住する受験者は、最悪受験地に宿泊しなければならない懸念が生じる。
(20191007 追記)当初は二日連続で受験するものと想定していたが、受験案内を参照すると、一日目(リーディング・リスニング・ライティング)と二日目(スピーキング)の間が約一ヶ月も空いている(S-Interview 2020年度第1回検定は【一日目:5月31日(日)、二日目:6月28日(日)】、2020年度第2回検定は【一日目:10月11日(日)、二日目:11月8日(日)】)。なお、受験案内には「従来型英検のA日程と同日」という注記がある。どうやら、従来の英検の一次試験および二次試験と同日程にすることで、実施に掛かるコストを減らしたいようだ。しかし、CBT方式の受験者は一日で受験を終え、その後は志望校の対策などに専念出来るのに対し、S-Interviewの受験者は一日目を受験後、二日目のスピーキング試験を一ヶ月後に控えた状態でその他の受験勉強にも臨まなければならず、学習スケジュール上も障害を持つ受験者は一層不利になる

参考:2020年度 「英検2020 2 days S-Interview」についてのお知らせ


【ベネッセ「GTEC」の問題点】
聴覚障害を持つ受験者はリスニング試験およびスピーキング試験は免除されるが、代替措置のある英検のような試験との公平性が担保されない。
・Advancedタイプの高度・重度難聴者のスピーキング試験免除について、「口話に障害がない受験者は通常実施」とあるが、「口話に障害がない」の判断基準が不明。なお、このレベルの聴覚障害を持つ者が正確な英語の発音を身に付けるのはかなり厳しい(幼少時から日本語だけでなく英語の発音も訓練していた、中途失聴で聞こえていた頃に英語の発音を習得済み、など特殊なケースを除き)。発音が不明瞭なために減点されるようなことはないか。
・特別措置を受けるにあたっては「医師の診断書」が必要との記載がある。これは現行のセンター試験も同様だが、医師の診断書はどこでも作成できるものではなく、大学病院など専門の機器を有している一部医療機関に限られる。近くにそうした医療機関の無い受験者は遠方まで出向かなければならず、受験料に加えて、そもそも利用するかどうかも分からない試験のために決して安くはない交通費・診断費を自費で負担することになる。
・実施回・試験会場によっては、障害を持つ受験者への対応が困難なケースもあるとの記載。障害を理由に受験機会が限定される可能性があると明言しており、非常に差別的な制度設計となっている。更に、特別措置の対応可能な実施回・試験会場についての情報も現時点では一切ない。
・免除措置を受けた際のスコアの得点換算方法はベネッセも公開しているが、得点換算後のスコアをどのように利用するかは各大学の判断に左右される可能性があり、場合によっては不利益を被る恐れもある。
・免除措置についてどう考えるか、受験予定の大学に逐一問い合わせなければならず、受験者に余計な労力・精神的負担を掛けることになる。

参考:【大学入試英語成績提供システム】障害等のある受検生への配慮


障害者差別解消法にある「合理的配慮」の観点から、民間業者は特別措置を設けてはいるが、どの試験を選択するかで費用、受験機会、特別措置内容(代替試験か免除か)などに大きな格差が生じ、障害を持つ受験者は一般の受験者よりも厳しい制約を受けることになる。
これは障害を持つ受験者にとって極めて「差別的」で、文部科学省が主導する英語民間試験導入の制度設計そのものが「障害者差別解消法に違反している」と言えないだろうか。

障害者差別解消法には以下の条文がある。

第七条の2「行政機関等は、その事務又は事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない。(行政機関等における障害を理由とする差別の禁止)」

第八条の2「事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない。 (事業者における障害を理由とする差別の禁止) 」

参考:障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律
参考:障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律についてのよくあるご質問と回答<国民向け>(内閣府)


民間業者は特別措置を設けることで、「合理的配慮」の「努力義務」をひとまず果たそうとしている。しかし、受験者の人生を左右する「大学入試」にも適用するには配慮の不備があまりにも多い

このような民間試験を複数導入すれば障害を持つ受験者が非常に不利な立場に置かれるであろうことは容易に想像でき、その原因が行政機関、すなわち文部科学省の杜撰な制度設計にあるのは火を見るよりも明らかである。「努力義務」で留まる民間業者と異なり「合理的配慮」は「義務」となっている行政機関が、特別措置の整備を万全にしないまま民間試験を導入しようとするのは、「障害のある者は受験上の差別を受けても仕方ない」と認めているも同然だ

なお、「合理的配慮」は「その実施に伴う負担が過重でないときは」という条件付きである。だが、これを解決する方法は至ってシンプルで、「英語民間試験導入を白紙に戻」せばいい。各業者が、受験料や受験回数・場所、特別措置内容の統一などを今から行うよりも、遥かに簡単に実現できる。そもそも英語民間試験導入を実施するメリットは皆無なのだから、一般の受験者にとっても万々歳だろう

したがって、全く負担が無いにもかかわらず障害を持つ受験者が多大な不利益を被る杜撰な制度設計のまま英語民間試験導入を強行するのは、行政機関として法律の遵守を放棄していることになる。

障害を持つ受験者が差別されるような制度を、国が推進することなど決してあってはならない。引き返すことは恥では無いのだから、文部科学省は勇気を持って英語民間試験導入を撤回して欲しい